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高松高等裁判所 昭和55年(行ケ)1号 判決 1981年8月10日

原告 篠永善雄 外二九名

代理人 奥村文輔 外二名

被告 愛媛県選挙管理委員会

代理人 米田正弌 外七名

被告補助参加人 宮内信重

代理人 三野秀富 外一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用及び補助参加人の参加によつて生じた訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が昭和五五年一一月六日付をもつてなした昭和五四年八月一九日執行の伊予三島市長選挙を無効とする旨の裁決は、これを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告篠永善雄は、昭和五四年八月一九日執行の伊予三島市長選挙(以下本件選挙という)に立候補し、有効投票の最多数を得て当選し、現に同市長の職にあるものである。

その余の原告らは、本件選挙の選挙人であり、原告らは、ともに公職選挙法(以下公選法という)二〇三条の選挙の効力に関する訴訟の原告適格者である。

2(一)  本件選挙は、昭和五四年八月九日告示され、同月一九日投票及び開票が行われた結果、有権者二六、八一五名中二一、七一〇票の投票があり、投票率八〇・九六パーセントで、三七七票の無効投票があつた。原告篠永善雄は、一一、八一八票(有効投票中五五・四〇パーセント)を得て当選し、他の二名の立候補者訴外石水九十九は、得票数九、二〇一票(有効投票中四三・一三パーセント)、訴外石川玄一は得票数三一四票(有効投票中一・四七パーセント)で落選した。原告篠永善雄と次点訴外石水との差は二、六一七票であつた。

(二)  ところで本件選挙の効力について、補助参加人宮内信重は伊予三島市選挙管理委員会(以下市選管という)に、当選無効並びに選挙無効の異議を申し出たが、これに対し、市選管は昭和五四年一一月二六日右異議申出を棄却する決定をした。

そこで、宮内信重は、被告に対し、本件選挙の効力に関する審査を申し立てたところ、被告は、昭和五五年一一月六日、右市選管の決定を取り消したうえ、本件選挙はこれを無効とする旨の裁決(以下原裁決という)をした。

3  原裁決の主文、審査申立ての要旨及び理由並びに裁決の理由は、別紙裁決書記載のとおりである。なお、別紙裁決書の裁決の理由一の(一)の事実のうち、4の「なお、……注意した。」の部分及び5の「その結果、……確認することができなかつた。」の部分は不知、その余はすべて認める。

4  しかしながら、原裁決は事実の認定及び法律の解釈を誤つており、取り消さるべきである。

(一) 公選法二〇一条の九の規定は公選法二〇五条一項にいう「選挙の規定」には該当せず、およそ「政治団体の政治活動」は、「選挙運動」とは全く別個の観念であり、元来政治活動は、いつでも誰でも自由にできるもので、公選法一四章の三の規定(二〇一条の五ないし二〇一条の一五)は、いずれも選挙期間中の特別の「政治活動の規制」に関するものであつて、「選挙そのもの」に関する規定ではなく、よつて、市選管が伊予三島市を守る会(以下「守る会」という。)を政治団体として確認しても、公選法二〇五条一項にいう「選挙の規定」に違反しない。

(二) 原裁決は、すでに、篠永候補が所属党派を自由民主党として立候補の届出をしているにかかわらず、市選管が「守る会」に対し、確認書を交付したり、このほかにも異議申立書記載以外の事項にわたつて、「守る会」に対し、政治活動用ビラ及び政談演説会開催の届出の受理、政治活動用ポスターの検印、政談演説会告知用立札及び政治活動用自動車の表示板の交付などの一連の行為を行つたことなども含め、すべて選挙の管理、執行に関する重大な手続に違反するものとした。

ところで、「守る会」に対し、確認書が交付されたのは、市選管の要請と指導によるものである。市選管が本件において、確認書を交付したことは、特定の候補者に特段の利益を供したり、その他選挙の公正を著しくけがす目的に出たものでないことは、明らかで、右確認書の交付を起点としてなされた一連の行為が全体として、即ち不告不理の原則を破つてまで、選挙全体の無効を招来するとすべきものではなく、選挙の管理執行の手続に関する法律に違反したものということはできない。

(三) 被告は、管下の市町村選挙管理委員会をつねに指導監督する権利と義務を有する。よつて本件選挙に当つても、予め係員を市選管に派遣し、本件選挙について教示したが、その指導監督に際し、確認団体をどのように扱うべきかについて何一つ教示しなかつた。そのとき被告から交付された書面「統一地方選挙主要事務日程」(甲一〇号証の九)にも確認団体についての記載はなく、また市選管が被告の指導を受けて作成し、市長候補予定者に配付した「候補者のしおり」(甲一〇号証の八)にも確認団体に関する注意事項は一切記載が漏れている。

これは実務上、公選法二〇一条の九が「選挙の規定」と考えられていないことを示すものである。

(四) 市選管が「守る会」を確認団体として確認し、その旨の確認書を交付したことは、仮りにその後の後行行為が間違いであつたとしても、その「確認書を交付する」という行政行為(及びその後行行為)は取消権者によつて有効に取り消されるまで公定力があるので、この公定力を排除したうえでなければ原裁決のような結論を導き出すことはできない。そして本件の確認行為等の取消権は市選管のみにあり、市選管が被告の指揮命令に服してこれを取り消さない限り、被告は独自に取消権を有しないから、右の公定力の支配を受ける。すると原裁決のした選挙を無効とする結論はまずもつてこの点だけでも違法である。

(五) 本件確認書は、被告の指導監督のもとにおいて、市選管から「守る会」に交付されたものであるから、これを信頼して次々となされたその後の一連の市選管の処置は、公選法二〇五条一項にいう「選挙の規定」に違反したものとして、直ちに選挙無効を生ずるとは言えず、信頼の原則の適用がある。選挙は一連の手続であり、前行行為がそれを一つ一つの礎石として発展していくものである。したがつてその途中の手続行為の中の瑕疵は相当重大であつても、その後の後行行為がいくつかなされてしまつた場合には、後行行為の質と量が多くなる程、前行行為の瑕疵は問題とすべきでないことになる。

それは行政経済上、前行行為はなるべく有効と解すべく、それにより利益を受けた者の立場を尊重し、既得権の侵害とならないようにすべきだからであり、前行行為の効力を否定すれば、却つて、著しく公益に反することになるからである。したがつて、もし前行行為に違法があつた場合は「瑕疵の治癒」または「瑕疵ある行政行為の転換」を認めるべきである。

「守る会」の代表者訴外武村貞康から、正規の手続を経て、「守る会」を篠永候補に係る確認団体とし、同候補者をいわゆる支援候補者とする旨の政治団体確認申請がなされ、これに対し市選管は、「守る会」に対し政治団体確認書を交付した。これによつて、「守る会」の政治活動を公認し、「守る会」もまたこれを信頼して、本件選挙は行われた。この場合、公選法施行令八八条八項、九二条五項により「異動届」が受理されていれば、全くなんの問題も生じなかつた。しかし、仮りに、右異動届がなんらかの理由により受理されていないとしても、市選管の責任行政の見地からいえば、市選管が「守る会」に確認書を交付することは、少なくとも異動届が同時に出されたものと看做すことによつて可能であり、瑕疵の治癒または瑕疵ある行為の転換の法理により「守る会」に対する確認書の交付は、これを有効と解すべきである。

5  公選法二〇五条一項の「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」の意味について、「選挙の結果に異動を及ぼすことの確実であることを要せず、違反事実があつて、著しい不正行為が行われる可能性があれば、右選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合に該当する。」とされる。そして、「選挙の結果」とは、何人が当選人になるかという結果に外ならない。その違反によつて影響を受ける投票の数と、その選挙における各候補者の得票数とは、結果に異動を及ぼす虞の有無の判断と深い関係を持つている。当落得票差が大きければ、かなり甚しい選挙の規定違反も、結果に異動の虞がないとして選挙無効の原因にならないこともあれば、わずかな規定違反でも、当落得票差が少ないときには、選挙無効の原因となることもある。

伊予三島市における市長選挙、愛媛県知事選挙、愛媛県議会議員選挙、衆議院議員選挙、参議院地方区選挙について、昭和五二年以降五五年六月までに実施された具体的投票の結果は、別表に示すとおりである。この間の投票率の最低は三二・四五パーセント、最高は八四・四一パーセントで、各選挙ごとの最高点の得票を得たものは、いずれも自民党系候補者であつて、その得票率は最高八一・四パーセント、最低五五・四パーセントであつた。このようにいずれも自民党系候補者が、伊予三島市全域(開票区)で有効投票率の過半数の得票を得ている実績があることを考慮すると、本件選挙を仮りにやりなおしてみても、選挙の結果に異動を及ぼす虞はないものと認められる。

6(一)  公選法二〇一条の九第三項・四項及びその施行令・施行規則など一連の細則的・技術的規定は、主権者たる国民の知る権利を阻碍するもので、憲法二一条の出版及び表現の自由を必要以上に制限しているから、同条に違反する。

(二)  公務員を選挙する権利は国民固有の権利であつて、基本的人権の最たるものである。選挙人が当該選挙において特定の候補者に投票することは、とりもなおさず、その候補者の当選をねがうものであつて、これは侵すことのできない基本的人権であり、これに反すれば、憲法前文、一一条、一二条、一三条、一五条などに抵触する。したがつて、選挙人を中心として考える場合、伊予三島市民の有権者中有効投票の五五・四〇パーセントが篠永善雄を最適任とした意思は、同人に市長をやつてもらいたいという切なる念願の表現であつて、これを無視し本件選挙を無効とすることは右憲法の規定に違反する。

7  市長の候補者の立候補に当つては、氏名、本籍、住所、生年月日、職業及び政治団体名、経歴についてはあくまで真実の表示を要求し、真実に反する事項を表示したり宣伝してはならない。これは、もし虚偽の表示があれば選挙民の知る権利を害すること夥しく、そのため選挙の自由を損うこととなるからである。

ところで今や多党化時代をむかえ、いわゆる保革対決の時代となつており、実際には、例えば、自民党所属である候補者が新自由クラブまたは民社党その他の政治団体の共同推薦を受けて立候補し、あるいは社会党または共産党所属の候補者が共産党または社会党などの共同推薦を受けて立候補する例が多い。ある一党だけで独自の候補者を立てにくい場合は「相のり」という形で他党の協力を得て立候補するのが近時の実情である。しかるに公選法八六条の規定によれば二以上の政治団体の協力を取りつけて立候補届をするときは、その真実を告げることができず「無所属」とのみ表示されることになる。しかし無所属とはいかなる会派にも属しないという意味であつて、いわゆる「相のりの場合」無所属と表示するとそれこそ真実の表示とはならず、全く虚偽の表示を強いることとなり、「選挙民の知る権利」を阻碍する結果となり、表現の自由を損う。この意味において、技術的立法とされる公選法八六条及びこれを受けた政令の規定は、いずれも憲法二一条に違反する。

8  補助参加人宮内信重は、伊予三島市議会議員で、本件選挙で落選した石水候補の選挙運動参謀であり、本件選挙では、公選法六二条に基き、選挙の開票立会人に、次いで同法七六条、七七条に基き、選挙会の構成員(選挙立会人)に選任せられ、本件選挙の選挙録に異議なく署名したものであるから、同人は本件につき異議申出権、審査申立権を有せず、仮りにこれを有するとしても、その行使は、いわゆる市民としての参政権の濫用にあたり、同人がした本件争訟の提起そのものが憲法一二条により無効である。

9  選挙無効裁決取消事件は地方裁判所の審理を受けることなく直ちに高等裁判所に出訴できる旨の公選法二〇三条の規定並びにこれに呼応する裁判所法などの規定は、憲法一三条、一四条、三二条、七四条、七六条などに違反する。しかも百日以内に判決をさせようとする意図(仮りに訓示的規定であるとしても)は、公選法二二一条以下の規定が、買収罪など罰則規定の違反刑事事件は、すべて地方裁判所・簡易裁判所・家庭裁判所の管轄とされることに比して、憲法一四条すなわち法のもとの平等の規定に反する。

10  また、本件については、行政事件訴訟法三一条の事情判決の規定の準用があるものと考える。

よつて原告らは原裁決の取り消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1ないし3の各事実は認める。

同4の(一)の主張は争う。

同4の(二)の事実中、原裁決の内容の部分は認めるが、その余は争う。

同4の(三)の事実は認める。ただし公選法二〇一条の九の規定を「選挙の規定」と考えていなかつた事実はない。

同4の(四)の主張は争う。確認書を交付する行為及びその後の行為は、当然に無効な行政行為であるから、公定力を生ずる余地はない。

同4の(五)の事実中、確認申請及び確認書交付の点は認め、その余は争う。

同5のうち、別表記載の事実は認めるが、その余の主張は争う。

同6・7の主張は争う。

同8の事実中、補助参加人宮内信重が伊予三島市の市議会議員で、本件選挙に関し、開票立会人及び選挙立会人となり、選挙録に署名したことは認めるが、その余は争う。

同9・10の主張は争う。

三  被告の反論

1  原裁決をした経緯及び本件選挙を無効とした理由は別紙裁決書記載のとおりであり、原裁決の手続、内容ともに適法妥当なものである。

2  市選管の「守る会」に対する確認書の交付が、特定の候補者に特別の利益を供したり、選挙の公正を著しくけがすことを目的とするものではなかつたとしても、そのことにより市選管の選挙の規定に違反する行為が適法となるいわれはない。

なお、本件においては、市選管が「守る会」に対して確認書を交付したこと自体が、選挙の規定違反であつて、そのことは、「守る会」の確認団体申請の動機が市選管の指導等にあつたか否かによつて左右されるものではない。

3  本件選挙における市選管の一連の行為は、各行為がそれぞれ別個の法律的効果の発生を目的とする独立の行為であるから、後行行為によつて前行行為の違法性が治癒され、または瑕疵ある行政行為の転換が認められるような性質のものではない。

4  原告ら主張のような所属党派の異動届が行われた事実は全くないし、仮りに、異動届が行われたとした場合においても、異動届出前の「守る会」に対する確認書の交付行為が有効となるものではない。

5  もともと選挙において、選挙人が候補者の選択、投票意思の決定をいかなる要因によつて行うかは、各人各様であつて、候補者の人格、識見、手腕、経歴、縁故等個人的な関係を重視する場合もあれば、候補者の所属する政党その他の団体を重視する場合もあり、また、選挙の種類、候補者の顔ぶれ、選挙運動、政治活動の状況、社会情勢等によつても異なるものであるから、新たな選挙において過去の選挙結果の傾向がそのまま妥当するかどうかは、いちがいに断定することはできないところであつて、原告ら主張のごとく、ただ単に過去の選挙における「保守」対「革新」の得票の状況や候補者の得票差のみを基礎として保守系候補者の得票を推測し、選挙の結果に異動を及ぼす虞がないとすることはできない。

本件選挙においては、過去の選挙に例を見ない市選管の選挙の規定違反によつて、本来、確認団体となり得ない「守る会」が、あたかも確認団体であるのと同様に、行うことができない一連の政治活動を組織的、全域的に行つているのであつて、前述のように選挙人の投票意思の決定要因が多種多様である実情に徴すれば、それを数量的に確定することはできないとしても、本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたことは明白である。

さらに、本件選挙において、市選管の規定違反によるものではないが、「守る会」とは別に、自由民主党伊予三島支部が確認団体であるかのごとく、自民党三島支部法定第一号、第二号と表示した二種類のビラを相当数頒布した事実があり、これが原告篠永善雄の有効得票率に影響を及ぼした可能性も否定することはできないところである。

6  選挙争訟の制度は、選挙の管理執行に関する一連の行為の結果を公正適法ならしめる公益上の目的で、広く選挙人に争訟の提起を認めたものであり、選挙人である以上、開票立会人であると選挙立会人であると、なんら争訟の提起を制限されるものではない。しかも、開票立会人及び選挙立会人は、開票及び選挙会に立会い、意見を述べることができるとともに、開票及び選挙会の次第を開票録及び選挙録にそれが真正であることを確認して署名する職務を有するもので、その職務と本件選挙における市選管の権限に属する確認団体の確認、政治活動用ビラ及び政談演説会の開催届出の受理並びに政治活動用ポスターの検印等の一連の行為とは全く関係がない。したがつて本件選挙の開票立会人及び選挙立会人である補助参加人宮内信重が、選挙録に署名した事実があるからといつて、公選法二〇二条の規定により異議の申出あるいは審査の申立てをすることはなんら違法ではなく、また、原告らが主張するような権利の濫用には当らない。

7  行政事件訴訟法三一条の規定は、公選法の選挙の効力に関する訴訟については、その準用を排除されており(公選法二一九条)、これは公選法の規定に違反する選挙は、これを無効とすることが、常に公共の利益に適合するとの立法府の判断に基づくものであるから、選挙が公選法の規定に違反する場合に関する限りは、右の立法府の判断が拘束力を有し、選挙無効の原因が存在するにもかかわらず、諸般の事情を考慮して選挙を無効としない旨の判決をする余地はない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1・2・3の各事実はすべて当事者間に争いがない。

二  そこで、原裁決に原告らの主張するような違法があるか否かについて判断する。

1  公選法二〇五条一項により選挙が無効とされるのは「選挙の規定に違反することがあるとき」であり、それが、選挙の管理執行機関において選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反した場合を指すことは明らかである。

2  ところで、公選法二〇一条の九は、政党その他の政治活動を行う団体の政治活動のうち、政談演説会及び街頭政談演説の開催、ポスターの掲示、立札及び看板の類の掲示及びビラの頒布並びに宣伝告知のための自動車の使用を、市長の選挙の行われる区域においてその選挙の期日の告示の日から選挙の当日までの間に限り、原則的に禁止し、例外として、確認団体については、選挙の期日の告示の日から選挙の期日の前日までの間に限り、政談演説会(二回)街頭政談演説(政治活動用自動車で停止しているものの車上及びその周囲に限る)、政策の普及宣伝及び演説の告知のための自動車の使用(一台)、ポスター(一〇〇〇枚以内)の掲示、立札、看板の類(一つの政談演説会ごとに立札、看板の類を通じて、告知用五以内及び政談演説会の会場内で使用するもの、政治活動用自動車に取り付けて使用するものに限る)の掲示、政治活動用ビラ(選挙管理委員会に届け出たもの二種類以内)の頒布等の政治活動をすることができるとしている。

3  そして、政党その他の政治活動を行う団体が、市長の選挙において確認団体となるには、公選法二〇一条の九第三項、公選法施行令一二九条の四第二項、公選法施行規則三〇条及び三一条等の定めるところにより、所属候補者または支援候補者の氏名を記載した文書で、支援候補者については、当該政党その他の政治団体の支援候補者とされることについての候補者本人の同意書を添えて、市町村選挙管理委員会に申請し、その確認書の交付を受けなければならないとされているが、ここで「所属候補者」とは、立候補の届出書に政党その他の政治団体に所属する者として記載された市長の候補者であつて、かつ当該政党その他の政治団体の政治団体確認申請書に、その氏名を記載されている者をいうのであり、「支援候補者」とは、立候補の届出書において、いずれの政党その他の政治団体にも所属しないものとして届出られた市長の候補者、すなわち無所属として立候補の届出書に記載された者で、政党その他の政治団体が推薦し、または支持するものをいうものである。しかも、これらの場合において、公選法二〇一条の九第四項の規定により、一つの政党その他の政治団体の所属候補者とされた者は、その選挙において当該政党その他の政治団体の支援候補者とされることができないことはもとより、他の政党その他の政治団体の所属候補者または支援候補者とされることができず、また一つの政党その他の政治団体の支援候補者とされた者は、その選挙において当該政党その他の政治団体の所属候補者及び他の政党その他の政治団体の所属候補者または支援候補者とされることもできないのである。

4  本件選挙においては、篠永候補の立候補の届出は、本人の届出により昭和五四年八月九日になされ、同日本件選挙の選挙長はこれを受理したが、候補者届出書には、所属党派は自由民主党と記載されており、自由民主党愛媛県支部連合会長名による所属党派証明書が添付されていた。ところが、昭和五四年八月一〇日には、篠永候補に係る確認団体として、「守る会」の代表者武村貞康から、本件選挙における支援候補者を篠永候補とする旨の政治団体確認申請書が、「守る会」の支援候補者とされることに対する篠永候補の同意書を添付して提出され、同日、市選管は、政治団体確認書を「守る会」に交付した。なお篠永候補の所属政党である自由民主党からは、確認団体の申請がなされていない(以上の事実は当事者間に争いがない。)。このように篠永候補は、自由民主党に所属するものとして立候補の届出をするとともに、「守る会」の支援候補者となることに同意しており、「守る会」は、篠永候補を支援候補者として確認団体の申請を行い、市選管は「守る会」に確認書を交付しているところ、公選法二〇一条の九の規定によれば、篠永候補は、自由民主党に所属するものとして、立候補の届出をしているのであるから、自由民主党のみが、篠永候補を所属候補者として確認団体となり得るものであり、篠永候補は「守る会」のみならず、他の政党その他の政治団体の所属候補者または支援候補者となることができないことは明らかである。「守る会」が篠永候補をその支援候補者として、市選管に確認団体の申請を行つたこと自体が誤りであるが、この「守る会」の誤つた申請に対し、市選管がこれを看過したまま「守る会」に確認書を交付したことは、本来確認団体とはなり得ない政党その他の政治団体を確認団体として確認したものであつて、明らかに公選法二〇一条の九の規定に違反するものと認められる。

5  さらに、「守る会」は、別紙裁決書の裁決の理由一の(一)の4ないし6に記載のような政治活動用ビラの届出をはじめとする政治活動の手続を市選管に対して行つている(この事実は当事者間に争いがない。)が、これらの手続は、「守る会」が確認団体であることを前提としてはじめてなし得るものであり、「守る会」が確認団体となり得ないものである以上、市選管としては、これらの手続に対し、本来なんらの行為も行うべきものではなく、したがつて市選管が「守る会」に対して政治活動用ビラ及び政談演説会開催の届出の受理、政治活動用ポスターの検印、政談演説会告知用立札及び政治活動用自動車の表示板の交付等の一連の行為を行つた(この事実は当事者間に争いがない)ことは、選挙の管理執行に関する手続に違反するものといわざるを得ない。

以上のとおり、市選管の「守る会」に対する確認団体の確認をはじめとする一連の行為は、選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に明らかに違反するものであるといわざるを得ない。

三  原告らは、右の点に関しるる主張するが、次に判断するとおり、いずれも理由がない。

1  選挙の規定違反はない旨の主張(請求原因4の(一)ないし(三))について

すでに述べたように、「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、選挙の管理執行にあたる機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反する場合を指称することは明らかであり、その規定違反は、選挙における政治活動を規制した公選法一四章の三の規定に関する場合であつても、なんら例外となるものではない。政治活動と選挙運動とは、観念的には区別できるとしても、選挙の実態は複雑であつて、常に両者を明確に区分できるものではない。このような見地から、公選法は選挙の自由、公正を確保するため、選挙運動にわたらない政治活動も選挙運動の規制の補完として規制しているのであつて、市選管が、「守る会」を政治団体として確認することは、公選法二〇五条一項にいう「選挙の規定」にかかわる事柄である。

また、本件においては、市選管が「守る会」に対し、確認書を交付したこと自体が選挙の規定違反であつて、そのことは、確認団体の申請が市選管の指導等によるものであつたか否か、確認書の交付が特定の候補者に特段の利益を供したり、その他選挙の公正を著しくけがす目的にでたものであるか否か、被告が確認団体の扱いについて教示したか否か等によつて、なんら左右されるものではないというべきである。

2  市選管の行為に公定力がある等の主張(請求原因4の(四))について

公選法二〇二条、二〇三条及び二〇五条の規定によれば、市長の選挙において、選挙の規定違反があり、選挙の結果に異動を生ずる虞がある限り、選挙の効力に関し不服があつてその無効の決定、裁決、判決を得ようとする選挙人はまず市町村の選挙管理委員会に異議の申出をし、その決定に不服であれば都道府県の選挙管理委員会に審査の申立てをしその裁決に不服がある者は、高等裁判所に訴訟を提起することができることになつているのであつて、これは、たとえ確認書を交付する行為及びその後行行為に公定力がある場合でも異なるものではないというべきである。

3  行政行為の瑕疵の治癒等の主張(請求原因4の(五))について

市選管の一連の行為は、各行為がそれぞれ別個の法律的効果の発生を目的とする独立の行為であり、そのうえ一般に瑕疵の治癒が認められる要件、すなわち行政行為のなされた当時は違法であつたものが、その後の事情変更等により、欠いていた適法要件を具備するに至るとき、あるいはその瑕疵自体が取り消しに値しないほど軽微なものとなつてしまう等の条件を充たした事実は認められない。また、ある行政行為としては瑕疵があるが、これを他の行政行為としてみれば、その要件を充たしている場合、その行政行為の効果を認めることができるというのが、いわゆる瑕疵ある行政行為の転換の問題であるが、本件においては、瑕疵ある市選管の確認書の交付を他のいかなる行政行為と認めればよいのか理解できない。

なお、公選法施行令八八条八項等による異動届を云云する主張は、原告ら独自のものであつて、にわかに左袒しがたく、そのような異動届が提出された事実も認められない。

四1  次に公選法二〇五条一項は、選挙の規定に違反することがあるとき、選挙が無効とされる他の要件として「選挙の結果に異動を及ぼす虞のある場合」を挙げている。したがつて選挙の規定違反があつても、その違反が軽微で、選挙の結果に異動を及ぼす虞のありえないことが十分推察されるとき、または、その違反によつて生じた事実が確定でき、それに徴して選挙の結果に異動を及ぼす虞がないことが明白なときは、選挙を無効ならしめるものではない。また公選法二〇五条の規定の趣旨からみて、選挙の規定違反が選挙の結果に異動を及ぼす虞があるかどうかは、もしあらためて選挙を行つたとすれば、現に生じている選挙の結果と異なるものを生じる可能性があるかどうかを検討して決すべきものであり、その可能性があれば、かならずしも選挙の結果に異動を及ぼすことが確実であることを要せず、明らかに選挙の結果に異動を及ぼす虞がないと認められない限り、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものといわなければならない。

本件選挙においては、市選管の選挙管理執行の手続に関する規定違反があり、その結果確認団体となり得ない「守る会」が政治活動用ビラの頒布、政治活動用ポスターの掲示、政談演説会の開催立札の掲示など一連の政治活動を行つているが、もし市選管の選挙の管理執行の手続に違反がなかつたならば、法律上これらの政治活動を行うことができなかつたところである。

確認団体は、市長の選挙においては、さきに述べた政治活動のみならず、公選決二〇一条の九第二項において準用される公選法二〇一条の五第二項の規定及び公選法二〇一条の一一第一項の規定により、政治活動用ビラ、政治活動用ポスターを選挙運動のために使用することができ、政談演説会、街頭政談演説において、候補者の推薦、支持、その他選挙運動のための演説をすることができるとされており、政党その他の政治活動を行う団体にとつては、確認団体となるか否かによつて、その政治活動の内容範囲に相当な差異が生じることとなるのであり、「守る会」が前述のごとき一連の政治活動を組織的、全域的に行つている事実に徴すれば、右違反が本件選挙の結果になんら影響を及ぼす虞がないと断ずることはできない。

2  原告らは、過去の選挙における得票状況等を根拠として、本件選挙を仮りにやりなおしてみても、選挙の結果に影響を及ぼす虞はないと主張する(請求原因5)が、選挙において、選挙人が候補者の選択、投票意思の決定をする要因は、各人各様で、候補者の人格、識見、手腕、経歴、縁故など個人的関係を重視する者もあれば、候補者の所属する政党その他の団体を重視する者もあり、また、選挙の種類、候補者の顔ぶれ、選挙運動、政治活動の状況、社会情勢等によつても異なるものであるから、新たな選挙において、過去の選挙結果の傾向が、そのまま妥当するかどうかはいちがいに断定することはできないところであつて、ただ単に、過去の選挙における「保守」対「革新」の得票の状況や候補者の得票差のみを基礎として、保守系候補者の得票を推測し、選挙の結果に異動を及ぼす虞がないとすることはできない。

五  原告らは、さらに憲法違反その他の主張をするが、次に判断するとおり、いずれも理由がない。

1  公選法二〇一条の九等の規定が違憲であるとの主張(請求原因6の(一))について

右の規定は、選挙の際の政治活動を規制することによつて、選挙が公明かつ適正に行われることを確保しようとしたもので、公共の福祉にそうものであり、主権者である国民の知る権利を阻碍するものではなく、憲法二一条が規定する出版表現の自由に違反したり、これを不必要に制限しようとするものではない。

2  本件選挙を無効とすることが違憲であるとの主張(請求原因6の(二))について

公務員を選挙する権利が重要な基本的人権であることはいうまでもないが、選挙の手続過程を無視し、篠永善雄に対する有効投票率が五五・四〇パーセントであることのみをもつて、同人を市長に就任させることが選挙人の切なる念願であり、正しい選挙の在り方であるということはできない。もし、原告ら主張のようにただ有効投票率のみを問題とするのであれば、公選法などの選挙の規制に関する規定は不要となり、その結果は選挙人の自由に表明した意思によつて公明かつ適正に行われることが確保された選挙(公選法一条)とならないことは明らかである。

3  公選法八六条等の規定が違憲であるとの主張(請求原因7)について

原告篠永善雄はいわゆる「相のり」の形で立候補したわけではないから、同人に関する限り、原告ら主張の憲法二一条違反は問題となる余地がない。

それはさておき、「相のり」の立候補の場合、その現実に合わせて、複数の政治団体名を表示させることも考えられるが、そのようにしてもその表示のみからはその候補者の真の政見がどの政治団体のそれに近いものであるか不明であることに変わりはなく、いたずらに手続面の手数がかかるのみであり、選挙の公明かつ適正な執行に役立たないと考えられるので「無所属」の表示を使用することは、憲法二一条に違反しないと解する。

4  補助参加人宮内信重に異議申出権がない等の主張(請求原因8)について

選挙争訟の規定は、広く選挙人に争訟の提起を認めており、選挙人である以上、開票立会人であると選挙立会人であるとにかかわらずなんら争訟の提起を制限されるものではない。

開票立会人及び選挙立会人は、開票及び選挙会に立会い、意見を述べることができるとともに、開票録及び選挙録に署名する職務を有するもので、このような職務と、本件選挙における市選管の権限に属する一連の行為とはまつたく関係がない。したがつて本件選挙の開票立会人、選挙立会人である補助参加人宮内信重が選挙録に署名した事実があるからといつて、公選法二〇二条の規定により、異議の申出あるいは審査の申立てをすることは、なんら違法なことではなく、また権利の濫用にもあたらない。

5  高等裁判所を第一審とすることが違憲であるとの主張(請求原因9)について

地方公共団体の議員及び長の選挙無効裁決取消事件において、公選法二〇三条が第一審の裁判所を高等裁判所としているのは、選挙ができるだけ迅速に選挙人の自由に表明した意思によつて公明かつ適正に行われることを確保しようとすることによるものであるから、原告ら主張の各憲法の条項には違反しないと解される。

公選法二一三条が、いわゆる百日裁判を規定しているのも、同様の趣旨から首肯できるところであつて、これも原告ら主張の憲法条項には違反しない。

6  事情判決をなすべきとの主張(請求原因10)について

公選法二一九条によれば、公選法の選挙の効力に関する訴訟については、行政事件訴訟法三一条の規定準用が排除されており、特別の事情による請求の棄却ができることにはなつていない。

六  以上のとおりで、被告が本件選挙を無効とする裁決をしたことは適法であり、その裁決の取消を求める原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文、九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本勝美 裁判官 鴨井孝之 裁判官 山脇正道)

別表<省略>

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